快晴。
久しぶりにカメラを持って谷中へ。
日曜日だし、谷中霊園はいつものように満員御礼だと思っていましたが、意外なことに人影がまばら。どうしたんだろう。
谷中霊園の猫に挨拶してから上野方面へ出る。

YANAKANEKO01.jpg

すっきり晴れた気持ちのいい日なのに、身体がだるくて体調があまり優れない。部屋の中ではわからなかったが、外を歩いてみて初めて気づいた。
上野公園のカフェテラスでビールとソーセージの盛り合わせを注文する。見るからに身体に悪そうな下品なソーセージ。こんなソーセージがビールには不思議とよく合う。

UENOZO04.jpg

ビールを飲んで少し元気が出たので、上野から銀座線で銀座へ出る。歩行者天国はいつものように大勢の人で混み合っていました。中央通りを突っ切って、スナップ。銀座のスナップも久しぶりでした。

UENOZO.jpg

銀座の写真はまた後日。
明日はいろいろ予定があるので今夜は早めに寝ます。


2007.05.20 認知的不協和
フェスティンガーの「認知的不協和」という心理学用語がある。
自分が抱いている考えに反する情報に出会ったときに感じる心理的緊張状態を指す。
例えば、喫煙者に、喫煙は肺ガンの原因になるといった情報がもたらされた場合に引き起こされる心理的緊張が認知的不協和だ。
こうした時に、喫煙者がとる態度をフェスティンガーは3分類した。

1 自分に都合の悪い情報の価値を下げる

  例:全員が肺ガンになるわけじゃない。長年の喫煙者の中にも長生きした人がいる。
2 都合のいい情報を他に求める。
  例:喫煙は仕事が一段落したときにリラックスするのにいい。仕事にリラックスとメリハリは大事だ。喫煙は長い伝統をもつひとつの文化だ。
3 緊張状態を解消する。
  例:喫煙を止める。

喫煙習慣を止める3番が最も苦痛をともなうので、たいていは1番か2番を取りいれる。つまり人はそれとなく情報操作して、自分の考えを正当化しようとするのである。これがフェスティンガーが言いたかったことだと思う。

この認知的不協和理論をわたしの生業であるブックデザインに援用すると以下のようになる。

ブックデザインは昔からギャラが安くてまったく儲からない。

1 しかし、ブックデザインは一流の装丁家も同様に安いから、自分だけじゃない。
(都合の悪い情報の価値を下げる)
2 しかし、広告と違って作品が永く残るし、それほど商業主義的なデザインを押しつけられないですむ。
(肯定できる情報を見つけてきて補償する)
3 確かに儲からないからもう辞める。あるいは、ギャラのアップを要求する
(緊張を解消する) 

もちろん3番が最も困難である。
したがって、1番と2番の認知的不協和と闘い(ごまかし)、自己正当化を続けているのである。

カメラを買った人が、買った後いっそう積極的に口コミ掲示板やカメラ雑誌の情報を求めるのも、自分が間違いのない選択をしたと確信したいためである。つまり、もしかして自分は間違った買い物をしてしまったのではないか、別のカメラの方がよかったのではないか、との不安(認知的不協和)を感じているせいである。

間違ったカメラを買ってしまった場合は、自己正当化せず、率直に認めて反省することが肝要である。そうすれば、次回は自分にふさわしいカメラを手にするであろう。