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2007.08.13 このボケが!
「このボケが!」
と怒鳴ったらそれは相手への罵倒だが、
「このボケが!」
と口にしたのがカメラマンだったら、それは写真のボケ描写の美しさに感激しているのである。

APS-Cサイズよりフルサイズを好む写真愛好家の一番の関心事もやはり大きなフォーマットによるボケ描写だろう。あるいは、開放F1.4ではあきたらず、大枚をはたいて重くてでかいF1.2レンズを買うカメラマンの購入動機も、さらなるボケが欲しいために違いない。ボケればボケるほど良い、とろとろにとろけるようなボケにうっとりしてよだれを流すカメラマンは少ないはいはずだ。確かに写真のボケは美しい。しかし、ここでちょっとだけ立ち止まって考えてみてほしい。ボケ描写は写真特有のローカルな描写であることを。したがって、必ずしも万人が好ましく感じる描写とは限らないことを。

絵画の父・ジョットから、遠近法が発見されたルネッサンス、印象派、現代絵画にいたるまで絵画の歴史に写真のようなボケ描写は存在しない。風景画はもちろん、写真でいえばポートレートにあたるダビンチのモナリザにも、レンブランドのあまたの肖像画にも、写真のボケに相当する描写はない。風景画で用いられる大気(空気)遠近法というテクニックは一種のボケ効果があるが、写真のボケとは基本的に異なる。

カメラマンが当たり前のように感じている写真のボケ描写は実は不自然な描写である。不自然とは人間の目にはそんな風に見えないという意味である。絵画が写真のようなボケ描写を取り入れなかったのはそれが不自然だと感じたからだろう。
ドイツの現代画家ゲルハルト・リヒターの「フォト・ペインティング」がまっさきに取り入れたのもこの写真特有のボケだった。キャンバスに描いた絵に写真のボケを再現しただけで、それは絵画でありながら絵画でなくなり、事実上写真に変貌してしまった。(その効果こそがリヒターの意図したところであり、彼が評価される理由でもある)。それほど写真のボケは写真特有の特殊なエフェクトなのである。

確かめたわけではないが、写真を絵画より下に見ている人たちの中には写真のボケを嫌悪している人が少なくないと思う。写真のこの美しいボケを嫌う人間がいるなんてカメラマンは想像したこともないにちがいない。大口径レンズのとろけるようなボケを嫌う人間がいるはずがないと堅く信じているのではないか。
しかし、写真のボケ描写が写真特有のローカルなテクニックにすぎないことを頭の片隅にとどめておいても損はない。安直にボカして満足しているいつもの写真にあるいは渇を入れてくれる効果があるかもしれないから。




銀座 GRD
OSをXPにしたのでやっとsafariをインストールできました。さっそく使ってみていますが、一番の違いはフォントにアンチエイリアスがかかっていることですね。windowsはギザギザのフォント、macはスムースだが輪郭のぼけるアンチエイリアス。どちらを読みやすいと感じるかは好みと慣れの問題かもしれません。今のところsafariで文字を拡大して読むと楽な気がするのでしばらくsafariを使ってみようと思います。まだ英語のβ版しかありませんが。

XPにしたら画像ブラウザのACDSee7.0が自動的に更新されて使いやすくなりました。これはもうけもの。あたらしいOSにはいいこともありますね。