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2007.12.31
お札考
大晦日です。
帰省や、旅行する人たちはすでに出かけたんでしょうね。
静かになった東京の街をお散歩カメラでのんびり歩いてみようと思っています。

今も流通しているはずなのに、二千円札を手にする機会がめっきり少なくなりました。最初は悪くないと感じたんですが、必要なかったようですね。
確かに、おつりを計算するときに、二千円という単位を頭に思い浮かべることはなくて、イチジュウヒャクセンと考えるのが普通だからでしょうか。しかし、ニーシーローハートーという数え方を(私よりもっと)昔の人はしていたので、古い人間にとっては二千という単位も有効かもしれません。
二千円札はともかく、問題は硬貨のほうです。消費税のせいで小銭がすぐたまるのがやっかいです。私が小さな子どもの頃はまだ一円札が出回っていた記憶があります。調べてみると、昭和33年まで流通していたようです。白っぽい色でしたが、肖像画が誰だったかは忘れました(実際は二宮尊徳)。五円札、十円札もあったはずですが、流通量が少なかったせいかこちらは記憶にありません。百円札の板垣退助と五百円札の岩倉具視はよく憶えています。


当時の千円、五千円、一万円の肖像画はたしかみんな聖徳太子でした。そのせいもあって今でも聖徳太子に一番ありがたいイメージを持っています。
聖徳太子の千円札は昭和40年までで、それから伊藤博文、夏目漱石と続いて今は野口英世です。
千円札のデザインの変遷が激しいところをみると、千円札が最も流通が多いと思ってしまいますが、発行枚数が最も多いのは一万円札です。現在のデザインのお札が発行された2004年の最初の印刷枚数は一万円札約25億枚、五千円札約 2億枚、千円札約23億枚だったそうです。いくら一万円札の発行が多くても、激しく流通するのは千円札の方なんでしょうね。自分のところにやってくるのも確かに千円札の方が圧倒的に多いです。いや、オレのところは一万円札の方が圧倒的に多い、という勝ち組の方がいましたら、すこしお金を貸してくれませんか。
五千円札が極端に少ないのがわかります。五千円がこんなに少なくてすむなら、二千円札がもっと使われないのは容易に予想できたはずですから、わかっていながら発行したんでしょうねきっと。

↑このお札が一番好きです。

現在の1万円札は福沢諭吉ですが、聖徳太子ほどのありがたみを感じません。昔のお札のデザインの方が重々しい印象がありました。しかし、これは単に貧乏だったのと、インフレのせいですから、福沢諭吉先生に問題はありません。今なら5万円札があってもいいような気がしますが、スーパーやマクドナルドで五万円札を出されたらおつりが大変だと思うのでやはりいらないか。それよりも、おつり以前に、五万円札が自分のところにやってくる機会は少ないと思うのでやっぱりいらない。
個人的には、硬貨より紙幣の方がお金の感じが強くするので、百円と五百円はこれからでもお札にしてほしいと思います。紙幣のほうが軽いし財布の中に納めやすいはずだし、製造コストも硬貨より安上がりなんじゃないかと思うのですがどうでしょう。
ところで、一円札、五百円札はいまでも使えるそうです。
来年は福沢諭吉先生ともっと親しくなれるように頑張りたいと思います。
帰省や、旅行する人たちはすでに出かけたんでしょうね。
静かになった東京の街をお散歩カメラでのんびり歩いてみようと思っています。

今も流通しているはずなのに、二千円札を手にする機会がめっきり少なくなりました。最初は悪くないと感じたんですが、必要なかったようですね。
確かに、おつりを計算するときに、二千円という単位を頭に思い浮かべることはなくて、イチジュウヒャクセンと考えるのが普通だからでしょうか。しかし、ニーシーローハートーという数え方を(私よりもっと)昔の人はしていたので、古い人間にとっては二千という単位も有効かもしれません。
二千円札はともかく、問題は硬貨のほうです。消費税のせいで小銭がすぐたまるのがやっかいです。私が小さな子どもの頃はまだ一円札が出回っていた記憶があります。調べてみると、昭和33年まで流通していたようです。白っぽい色でしたが、肖像画が誰だったかは忘れました(実際は二宮尊徳)。五円札、十円札もあったはずですが、流通量が少なかったせいかこちらは記憶にありません。百円札の板垣退助と五百円札の岩倉具視はよく憶えています。


当時の千円、五千円、一万円の肖像画はたしかみんな聖徳太子でした。そのせいもあって今でも聖徳太子に一番ありがたいイメージを持っています。
聖徳太子の千円札は昭和40年までで、それから伊藤博文、夏目漱石と続いて今は野口英世です。
千円札のデザインの変遷が激しいところをみると、千円札が最も流通が多いと思ってしまいますが、発行枚数が最も多いのは一万円札です。現在のデザインのお札が発行された2004年の最初の印刷枚数は一万円札約25億枚、五千円札約 2億枚、千円札約23億枚だったそうです。いくら一万円札の発行が多くても、激しく流通するのは千円札の方なんでしょうね。自分のところにやってくるのも確かに千円札の方が圧倒的に多いです。いや、オレのところは一万円札の方が圧倒的に多い、という勝ち組の方がいましたら、すこしお金を貸してくれませんか。
五千円札が極端に少ないのがわかります。五千円がこんなに少なくてすむなら、二千円札がもっと使われないのは容易に予想できたはずですから、わかっていながら発行したんでしょうねきっと。

↑このお札が一番好きです。

現在の1万円札は福沢諭吉ですが、聖徳太子ほどのありがたみを感じません。昔のお札のデザインの方が重々しい印象がありました。しかし、これは単に貧乏だったのと、インフレのせいですから、福沢諭吉先生に問題はありません。今なら5万円札があってもいいような気がしますが、スーパーやマクドナルドで五万円札を出されたらおつりが大変だと思うのでやはりいらないか。それよりも、おつり以前に、五万円札が自分のところにやってくる機会は少ないと思うのでやっぱりいらない。
個人的には、硬貨より紙幣の方がお金の感じが強くするので、百円と五百円はこれからでもお札にしてほしいと思います。紙幣のほうが軽いし財布の中に納めやすいはずだし、製造コストも硬貨より安上がりなんじゃないかと思うのですがどうでしょう。
ところで、一円札、五百円札はいまでも使えるそうです。
来年は福沢諭吉先生ともっと親しくなれるように頑張りたいと思います。
2007.12.30
反新自由主義宣言

同情するならエサをくれ!
あと2日で今年も終わります。
個人的にはあまりいい年ではありませんでしたが、自分の置かれている立場がはっきり自覚できた年でした。大変な時代、危機的状況でかろうじて生きているという自覚です。今年はなんとかなりましたが、来年もサバイバルできるかどうか保証はありません。自信も確かな見通しもありません。来年はわたしにとってマドル・スルー(muddle through)の年になります。
TBSが新自由主義批判を鮮明にしてきたのが注目されます。
クリスマスイヴの夜に放送された「NEWS23」の「生活破壊」特集と、今朝のサンデー・モーニングの特集「年末スペシャル」は新自由主義のもたらした結果を明白に批判した番組内容でした。亀田問題では最低だったTBSですが少し株が上がりました。
ネットには以前から反新自由主義を標榜する政治ブログがありますが、ここにきてマスメディアも取り上げるようになってきたようです。もちろん、NHKスペシャル「ワーキングプア」は、新自由主義の弊害を広く知らしめた先駆的番組として高く評価されるべきなのは言うまでもありません。
これらの番組は、小泉純一郎と竹中平蔵が推し進めてきた構造改革への真っ正面からの批判でもあります。
「格差は悪くない。負け組は勝ち組のおこぼれにあずかればいいのだ」
――そう公言してきたのが竹中平蔵や小泉元首相ですが、そのおこぼれさえも期待できないことがわかってきた以上、来年は新自由主義への批判がさらに高まるのは間違いありません。その勢いに乗って民主党政権が誕生するのも夢ではなくなりました。
それだけに、小沢民主党党首による「大連立」のおろかなたくらみは返す返すも残念なことだったと改めて感じます。小沢氏は今も大連立構想をあきらめていません。連立していたら、今頃は民主党の政策案が実現していたと不満たらたらです。
しかし、民主党の政策を通すためには、自民党の政策も飲まなければならない、という現実を彼は決して口にしません。お宅のA案を飲むから、代わりにうちのB案をよろしく…。それでは自民党の派閥になることに他なりません。そんな馴れ合い政治の将来に明るい展望が開けるわけがありません。小沢氏はついてくる子分だけをつれて新たに小政党を立ち上げ、自民党と連立すればいいのです。そうしようとしたが、ついてくる子分が少なかったためあきらめたのかもしれませんが。
政治と宗教にはかかわらない、とこのブログを始めた二年前に書きましたが、それを撤回して、来年からは政治的立場を旗幟鮮明にします。つまり、新自由主義・市場原理主義・グローバリズムに反対する立場を明らかにして発言するということです。これは単に反自民党を意味しません。民主党の中には自民党員以上に過激な新自由主義論者がいます。所属する政党にかかわらず、新自由主義政治家には徹底反対の立場をとります。
ウェブの辺境にある当ブログが何をわめいても自己満足以上にはならないだろうし、政治や経済にはまったっくの素人なので、政治ブログのような深い分析などできるはずもありません。あくまで市井の一生活者、負け組の一員としての立場から、生きるため、サバイバルするため、殺されないための抵抗の声をあげるということです。やむにやまれず「窮鼠猫を噛む」と言ったほうが正確かもしれません。
もちろん来年も写真やカメラのエントリーはアップしますが、これまで写真とカメラブログだから訪問してくれていた方々には不愉快なエントリーが増えるかもしれません。もしそう感じるようでしたら、リンクやブックマークを外して頂くのがお互いのためになろうかと思います。
2007.12.29
年内無休
今年の帰省は年明けに延ばしたので、それまで東京にいます。
すでに年内の更新を終えたブログをちらほら見かけますが、当ブログは正月も更新します。――といいながら、このところろくに更新していないのであてにならないかもしれませんが。

写真ブログを見ていると、みんな写真がうまくて、下手な人を探すのが難しいほどです。デジタルカメラとネットの存在がアマチュアカメラマンのテクニックとモチベーションを向上させているのは間違いなく、銀塩カメラ時代と比べて私たちは幸せな時代を生きていると思います。
それでも、正直言ってあまり感心しない写真も中にはあります。その場合でも、カメラマンは何が気に入ってこの写真を撮ったのだろう? と考えることにしています。カメラマンの心に小さなさざ波をたてる何かがあったからシャッターを押したに違いない、それは何だろうと想像するわけです。あくまで想像に過ぎませんが、撮影者のひそやかな動機に気づいたときなんかはうれしくなりますし、こうした見方は写真を深く感じる楽しみにもなります。
テーマとか目的とか、そんな大仰な話ではなくて、ちょっと光の具合がよかったとか、色やボケがきれいだったとか、季節感とか、説明や記録のためとか、何となく良い雰囲気だったとか――なんでもいいんです。
撮影者のそうした動機が比較的わかりやすい写真と、いろいろと想像を巡らしても結局何がカメラマンにシャッターを押させたのかわからない写真があります。
いずれにしても、こうした見方は、どんなに些細な動機であっても、カメラマンが何かに心を動かされてシャッターを押した写真であることを前提にしています。もし撮影者が何も感じないまま撮った写真だとしたら、こうした写真の見方は無意味になります。
写真がうまく撮れたかどうかよりも、他人が写真を気に入るかどうかよりも、自分の心の動きを大事にした写真こそアマチュアカメラマンにとって良い写真と言えるのではないでしょうか。プロカメラマンはそういうわけにはいきませんが、私たちアマチュアは、自分最優先のエゴイスト写真を撮るという贅沢が許されています。アマチュア写真に価値があるとしたら、上手・下手よりも、案外そうした極私的な関心や感受性の中に見いだせるのではないか、と思ったりします。
2008年からは私もそういった写真を撮りたいと思います。これまで漫然といいかげんな写真を撮ってきたことの告白になってしまいますが…。
ちなみに、上の写真はかっこいい外人男性ときれいな日本人おじょうさんのカップルが抱擁していたので、「ちくしょーっ」と感じて撮りました。
撮影動機がわかりやすい写真です^^
すでに年内の更新を終えたブログをちらほら見かけますが、当ブログは正月も更新します。――といいながら、このところろくに更新していないのであてにならないかもしれませんが。

写真ブログを見ていると、みんな写真がうまくて、下手な人を探すのが難しいほどです。デジタルカメラとネットの存在がアマチュアカメラマンのテクニックとモチベーションを向上させているのは間違いなく、銀塩カメラ時代と比べて私たちは幸せな時代を生きていると思います。
それでも、正直言ってあまり感心しない写真も中にはあります。その場合でも、カメラマンは何が気に入ってこの写真を撮ったのだろう? と考えることにしています。カメラマンの心に小さなさざ波をたてる何かがあったからシャッターを押したに違いない、それは何だろうと想像するわけです。あくまで想像に過ぎませんが、撮影者のひそやかな動機に気づいたときなんかはうれしくなりますし、こうした見方は写真を深く感じる楽しみにもなります。
テーマとか目的とか、そんな大仰な話ではなくて、ちょっと光の具合がよかったとか、色やボケがきれいだったとか、季節感とか、説明や記録のためとか、何となく良い雰囲気だったとか――なんでもいいんです。
撮影者のそうした動機が比較的わかりやすい写真と、いろいろと想像を巡らしても結局何がカメラマンにシャッターを押させたのかわからない写真があります。
いずれにしても、こうした見方は、どんなに些細な動機であっても、カメラマンが何かに心を動かされてシャッターを押した写真であることを前提にしています。もし撮影者が何も感じないまま撮った写真だとしたら、こうした写真の見方は無意味になります。
写真がうまく撮れたかどうかよりも、他人が写真を気に入るかどうかよりも、自分の心の動きを大事にした写真こそアマチュアカメラマンにとって良い写真と言えるのではないでしょうか。プロカメラマンはそういうわけにはいきませんが、私たちアマチュアは、自分最優先のエゴイスト写真を撮るという贅沢が許されています。アマチュア写真に価値があるとしたら、上手・下手よりも、案外そうした極私的な関心や感受性の中に見いだせるのではないか、と思ったりします。
2008年からは私もそういった写真を撮りたいと思います。これまで漫然といいかげんな写真を撮ってきたことの告白になってしまいますが…。
ちなみに、上の写真はかっこいい外人男性ときれいな日本人おじょうさんのカップルが抱擁していたので、「ちくしょーっ」と感じて撮りました。
撮影動機がわかりやすい写真です^^
2007.12.24
銀座は人ばっかりだった

銀座 12月24日
引きこもって、事務所と駅前のスポーツジムを往復するだけの日々を過ごしてきたので、今日は久しぶりに世間の風に当たろうと思って銀座に出ました。
これが失敗だったね。
歩道からはみ出すほどの人人人人――。
あわよくばスナップしてやろうと思っていた銀座通りのホコテンも人人人人人人人人――。
人の流れにうまく乗れなくて、何度もぶつかりそうになりました。スポーツジム通のかいあって、このところずっと体調はよかったのに、今日はぐったりと疲れました。
あれですね、普段つかわない筋肉を使うと筋肉痛になるのと同じで、引きこもっていた人間が急に街中に出ると、普段使わない神経を使うから疲れるわけですね。
懲りたので年内はもう外出しないつもりです。最初から家でじっとしてればよかった。やれやれです。
2007.12.23
ドバイがすごい
やっと、年末進行を抜け出しました。
これからはのんびりできます。

超高層ビル「ブルジュ・ドバイ」 2008年11月完成予定
今年、ウェブサイトで最も驚いたのはドバイの未来都市でした。
最初はウッソだろうと我が目を疑いました。
160階建て800mの神をも恐れぬ現代のバベルの塔「ブルジュ・ドバイ」、スターウォーズのデス・スター風SF建築、くねくね超高層ビル――etc.etc
子どもの頃、手塚治虫のマンガで見た21世紀の未来都市そのものです。
現実の未来は、過密や公害で子どもの夢を砕きましたが、これから始まるドバイの未来都市は手塚治虫が創造した輝かしい未来を実現するのでしょうか。

いやはや驚きました。
日本は落ち目だってのに、絶好調の国もあるもんだ。
2016年のオリンピックはドバイが有力だとか。
行ってみたいな、ドバイ。

ウオー、どれもが建築中だ!
これからはのんびりできます。

超高層ビル「ブルジュ・ドバイ」 2008年11月完成予定
今年、ウェブサイトで最も驚いたのはドバイの未来都市でした。
最初はウッソだろうと我が目を疑いました。
160階建て800mの神をも恐れぬ現代のバベルの塔「ブルジュ・ドバイ」、スターウォーズのデス・スター風SF建築、くねくね超高層ビル――etc.etc
子どもの頃、手塚治虫のマンガで見た21世紀の未来都市そのものです。
現実の未来は、過密や公害で子どもの夢を砕きましたが、これから始まるドバイの未来都市は手塚治虫が創造した輝かしい未来を実現するのでしょうか。

いやはや驚きました。
日本は落ち目だってのに、絶好調の国もあるもんだ。
2016年のオリンピックはドバイが有力だとか。
行ってみたいな、ドバイ。

ウオー、どれもが建築中だ!
2007.12.12
言葉の崩壊
5000%出馬はありません。それは先週で終わった話です。
48時間前にそう断言した男が――
条件が整ったので出馬します。
と前言を翻した。
出馬前から5000%のウソをつく男の公約をどうすれば信用できるのか。
最後の一人まで探し出す。
と胸を張った大臣が――
できないものはできない。誰が大臣になっても同じ事。
と前言(公約)を翻す。
言葉が崩壊している。
言葉の崩壊は、ウソを口にする人間と、それを気にしない人間の
双方がそろって初めて完成する。
48時間前にそう断言した男が――
条件が整ったので出馬します。
と前言を翻した。
出馬前から5000%のウソをつく男の公約をどうすれば信用できるのか。
最後の一人まで探し出す。
と胸を張った大臣が――
できないものはできない。誰が大臣になっても同じ事。
と前言(公約)を翻す。
言葉が崩壊している。
言葉の崩壊は、ウソを口にする人間と、それを気にしない人間の
双方がそろって初めて完成する。
2007.12.08
ウェブは奥が深い!
最高です!
取材足かけ20年、執筆7年、容量2.5ギガの暴発HP!
「文芸ジャンキー・パラダイス」
驚異的なホームページ。こんなに充実したサイトは初めて。ちょっと信じられないくらい。
ド根性文芸研究家こと、カジポン・マルコ・残月(40)さんありがとう!
私は7504982人目の訪問者でした。
取材足かけ20年、執筆7年、容量2.5ギガの暴発HP!
「文芸ジャンキー・パラダイス」
驚異的なホームページ。こんなに充実したサイトは初めて。ちょっと信じられないくらい。
ド根性文芸研究家こと、カジポン・マルコ・残月(40)さんありがとう!
私は7504982人目の訪問者でした。
2007.12.07
3年、7年、いや一生使うデジカメ

GRDigital 銀座
夏にPCを買ったとき、OSはVISTAとXPの両方がついてきた。VISTAの方はまだ未対応のドライバが多かったのでXPをインストールした。
世はすでにVISTA全盛になっていたから、XPのマニュアルが書店から姿を消す前に買っておこうと本屋に行った。平台を占めていたのはやはりVISTAのマニュアルばかりだったが、棚にはXPの本もそれなりにあった。
以下はXPマニュアル本のタイトルである。
ウィンドウズXPをあと3年現役バリバリで使う本――XPはまだまだ使えるんです!
XPをあと7年使う特選技ぜんぶ!
一生使うWindowsXP VISTA不要!
なんとなんと、3年、7年、一生使う、ことを勧めるXPマニュアル本がそろっていて感動した。
ドッグイヤーだとか言われて1〜2年で新製品に買い換えるのが当然のようなこの世界で、しっかりと経済観念をもち、物を大切に使っている人たちがいるからこそ、こうしたマニュアル本が出版されたのだろう。金もないのにすぐ衝動買いする癖のある私は深く感動したのであった。

ひるがえって、デジタルカメラユーザーはどうだろうと考えてみた。
NIKON D100(D200でもいい)をあと3年使う。CANON EOS 60D(30Dでもいい)をあと7年使う、OLYMPUS E-1(E-510でもいい)を一生使う! と考えて実践しているデジカメユーザーがどこかにいるだろうか。
もしいたらそのお方を心から尊敬したいと、ボーナス商戦を目前にして思うのである。
2007.12.07
『ネット君臨』

これまでの取材方法や記事の書き方ではもはや通用しない――
それが本書を読んで強く感じたことだった。そうした認識を持つことがこれからの新聞記者にとって最も肝心なのではないか。
取材された者がリアルタイムで取材のプロセスをブログに公開でき、新聞に書かれた記事について誰もが掲示板やブログ、SNSなどで反論し、ネットユーザー間で広く議論できる時代になった。旧来の取材に慣れ親しんだ記者がこうした変化をやっかいでやりにくい時代だと感じても無理は無いが、そういう時代になってしまったことは、ひとまず率直に認めるしかないだろう。
『暗い夜道に気をつけなさい』と母親が子どもに注意すればそれは間違いなく子どもの身を案じてのことだが、暴力団が口にすれば同じセリフが脅迫にもなりうる。言葉の意味は文脈に依存するからだ。新聞記者はこれまで、取材源の発言を記者にとって都合のよい文脈の中で利用してはこなかったか。取材源の発言の文脈を意図的にまげることはなかったか。取材源が発言したにもかかわらず記事に都合の悪い事実をオミットしてはこなかったか。ひとつもしてこなかったと胸を張って言える記者はいないと思うがどうか。言葉の意味を規定する文脈を独占することによって「君臨」してきたのがこれまでのマスメディアではなかったか。
『ネット君臨』が正月の連載開始時にウェブ陣営から激しい非難を浴びた主な理由は、記者によって文脈が恣意的に編集されていたためだろう。以前なら「編集上の判断」、「見解の相違」などとして読者からの批判を封じ込めてきたやり方が、ウェブ時代になって通用しなくなったきた。ウェブ以前は、読者が反論ための手段を持たなかったため、マスメディアは一方的に言いっぱなすだけで事足りた。しかし、掲示板やブログ、SNSといった反論の武器を手にした読者はもはやかっての無力な読者ではない。新聞記事の内容が事実であるかどうか、意図的な文脈操作がなされていないかどうか、肝心な事実がオミットされていないかどうか、新聞記事はウェブのまな板に乗せられ検証されるようになった。
これからの読者は、新聞記事を読み、取材源からの反論をブログで読み、広くブログやSNSで交わされる多くの意見を読むことで総合的に判断するようになる。マスメディアが力で一方的に押し切ることができなくなった。マスメディアによる唯我独尊の時代が終わったのである。新聞記者たちはこの変化を十分に自覚しているだろうか。本当はわかっていながら目をそらしてはいないか。あるいはこうした変化にいらだっているのではないか。
本書はネット言論の多くが匿名でなされていることを卑怯だと批判しているが。匿名という言葉でイメージしているのが2chだとしたら、あまりに偏ったイメージとは言えないか。匿名か実名かの論議はすでに多くのサイトで取り上げられているので深くは立ち入らないつもりだが、2chのような匿名掲示板の匿名と、ブログの固定ハンドルによる匿名は、同じ匿名であっても別物とみなすコンセンサスは、少なくともネットユーザー間では確立されてきていると思う。
もし将来、ウェブで実名登録やネットIDが義務づけられるようになったら(総務省は、ネット言論を規制する目的の「情報通信法」案を今年中にまとめ、2011年の施行を目差している。)、確かに2chのような通りすがり的匿名でのコメントは減るだろう。しかし、ブログで使用されている「ネット人格」をそなえた固定ハンドル名による匿名記事の多くは実名になっても退散することなく継続されることだろう。それらのエントリーは匿名を前提としなければ書けないような誹謗中傷のたぐいではないからだ。
2chのような書き捨て御免の匿名掲示板であっても、もし新聞記事の内容につっこみどころが無ければ「祭り」や「炎上」にはならない。ウェブの住人は一枚岩で団結しているわけではないから、いくら悪意あるコメントスクラムを画策しても、実質のないコメントでは広くウェブ住民の賛同を得ることなどできはしない。『ネット君臨』がウェブ側からの攻撃にさらされたのはウェブをテーマにしたためばかりでなく、記事内容に前述のようなご都合主義的な文脈やオミットが発見されたことが一番の理由だろう。この点は率直に認めたらどうか。
これからの新聞は、ウェブの批判にも耐え得る記事を目差すしかない。そのためにも、これまでの手法ではもはややっていけないとの認識をまず持つことから始めるべきだろう。その謙虚さと覚悟がなければ、新聞がウェブ時代をサバイブすることは難しいに違いない。
2007.12.03
Googleリーダーは優れものかも。
最近になって「Googleリーダー」を使い始めました。
RSSリーダーはほとんどの人がとっくに使っていると思いますが、「Googleリーダー」はなかなか使いやすいので一応紹介しておきます。
ちょっと変わった機能としては、気に入ったエントリーにスターマークをつけて永久保存することができます(パーマネントリンク機能が可能にしているわけですね。改めてパーマネントリンクの革新性を感じます)。googleが自動的に関連サイトを推奨してくれる機能もあります(おせっかい機能とも言えるし、まだあまり高性能とは言えないですが)。
日本語にも対応しています。Googleアカウントが必要になりますが、もちろん無料です。
こちらのサイトとこちらのサイト様が使い方を詳しくまとめてくれています(私はまだ読んでいないですが、すごいようです)。
RSSリーダーはほとんどの人がとっくに使っていると思いますが、「Googleリーダー」はなかなか使いやすいので一応紹介しておきます。
ちょっと変わった機能としては、気に入ったエントリーにスターマークをつけて永久保存することができます(パーマネントリンク機能が可能にしているわけですね。改めてパーマネントリンクの革新性を感じます)。googleが自動的に関連サイトを推奨してくれる機能もあります(おせっかい機能とも言えるし、まだあまり高性能とは言えないですが)。
日本語にも対応しています。Googleアカウントが必要になりますが、もちろん無料です。
こちらのサイトとこちらのサイト様が使い方を詳しくまとめてくれています(私はまだ読んでいないですが、すごいようです)。
2007.12.01
朝青龍と亀田の謝罪会見など

猫の絵を描いてみました。というのは真っ赤なウソでフォトショップ加工です。
朝青龍と亀田大毅の謝罪会見――
ニュースでちらっと見たけど、二人にとんと興味がなくなっている自分に気づいて少し驚いた。あれだけブログで取り上げたくせに…。
朝青龍や亀田に問題があるにしても、二人はこれから勝負の世界で勝つことでしか生き残る道はない。勝たないかぎり、いくら態度がよくなっても、深く反省しても、ファンからは冷たく見放されてしまう立場にいる。そう考えると、あれこれ批判する気も薄れるし、腹も立たない。これからは心を入れ替えて頑張れよ、と励ましたいくらいだ。今後二人をこのブログで取り上げることがあるとしたら、八百長っぽい試合があったときぐらいだと思う。
それよりも額賀大臣の証人喚問を取り下げた民主党のふがいなさの方に腹が立つ。
党首が本音では今も連立をしたがっているのだから、民主党が何をしても真剣さに欠けると見られてもしかたない。連立の後遺症はこれからジワジワと民主党の足腰を弱めるにちがいない。今の政治状況は絶望的だ。何度も言うようだけど、小沢一郎氏の罪は本当に重い。
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「暴力はいけない」が少なくて良かったと思っています。
写真の女性の必死の形相を見てください。
大勢の人が職や財産を無くし、路頭に迷い、首を吊っている土佐の酔鯨緒方拳急逝 享年71緒方拳さんが突然ポックリ逝きたかった?
実践した? スゴイ思考回路だな。
それではあなたも実践しますか?
家族や、まだ生きたかったであろう御本人のキモチを考えたジョー・ブラックあなたの本音は?暴力はいけないと思います。
しかし、リチャード・ファルド・ジュニア氏の退職金は2億9900万ドルと聞いたら殴りたくなる人は多いと思います。殴って気が済むわけでもないbiwakokayo4緒方拳急逝 享年71うっしーさん、
もっと歳をとった緒方拳の演技を見たかったですね。
遺作となる「風のガーデン」は今日午後10時からです。
見ましょうね。わたしはビデオにも採っておき土佐の酔鯨緒方拳急逝 享年71今日のニュースで緒方さんが「70〜80歳くらいが身体が
思うように動かなくなって(役者として)面白い時期だと思う」
という内容のことを話していました。
今あるうっしーおわびMr.SCHOPさん、
初めましてようこそ。
GRDはいつもカバンに入っています。
これだけ使い込んだカメラは他にありません。
使いすぎて最近ではガタが来てしまいました。
土佐の酔鯨緒方拳急逝 享年71ほりさん、
肝ガンでしたが入院や手術は拒否していたようですね。
「風のガーデン」は必ず観たいと思います。土佐の酔鯨