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どういう訳か、柳田国男の『山の人生』所載のこの文章は多くのブログに引用されている。短くてブログにちょうどいい長さだからなのか。悲しい話だからか。あるいは身につまされるからか――


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 今では記憶している者が、私の他には一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞で斬り殺したことがあった。

 女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか、同じ歳くらいの小娘を貰って来て、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。その子たちの名前はもう私も忘れてしまった。何としても炭は売れず、何度里へ降りても、いつも一合の米も手に入らなかった。最後の日にも空手で戻って来て、飢えきっている小さい者の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥へ入って昼寝をしてしまった。

 眼がさめてみると、小屋の口一ぱいに夕日がさしていた。秋の末の事であったという。二人の子供がその日当たりの処にしゃがんで、しきりに何かしているので、傍へ行ってみたら一生懸命に仕事に使う大きな斧を磨いていた。おとう、これで私たちを殺してくれといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうである。それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打落としてしまった。それで自分は死ぬことができなくて、やがて捕えられて牢に入れられた。

 この親爺がもう六十近くになってから、特赦を受けて世の中へ出てきたのである。そうしてそれからどうなったか、すぐにまた分からなくなってしまった。
 
柳田国男「山の人生」〜「山に埋もれたる人生のある事」より


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今こうして読むと、最近起きた一家心中のニュースを重ね合わせて思わざるを得ない。


2月11日、足立区の機械工S(52歳)は、オノで妻(49歳)と母(85歳)の頭を割って殺し、次男(15歳)の後頭部を陥没させ、両手首を切り落とした。自身はその後自殺した。遺書が残されており、西新井署は無理心中と見ている。


昨年12月3日、世帯主の男(56歳)は、父(83歳)、母(79歳)、長女(30歳)、孫(5歳)の4人の頭を鈍器で殴打した後、自宅に油をまいて放火して焼死させた。県警は無理心中と断定して男を被疑者死亡のまま書類送検した。借金苦による無理心中と見られている。





柳田が『山の人生』を『アサヒグラフ』に執筆したのは1925年のことである。それから80年以上がたち、21世紀になった今日もなお、この日本では貧困に起因する一家心中が後をたたない。
上記の心中事件は共に高齢者をかかえている。家族の経済的負担は大きかったと思われる。しかし、政府は「後期高齢者」というグロテスクな言葉を使って、この4月から75歳以上の保険料負担を増大させる後期高齢者医療制度をスタートさせる。
いったい私たちはどんな時代に生きているのか。