東京の天気予報
-天気予報コム-
今夜10時、NHKスペシャル 「名ばかり管理職」
あなたが管理職でも、管理職でなくても、会社勤めでなくても、ニートでなくても、ワーキングプアーでなくても、是非ぜひ見ましょう!

仕事をしながらテレビの音声だけを聞いていたら、妙な声が聞こえてきて、なんだか落ち着かない気分になった。音声は静かな女性の声で、ささやくような声音だった。どうやらお詫びの告知をしているようであった。

「お客さまへ大変なご迷惑、ご心配をおかけすることとなり、深くお詫び申し上げます。」

などと言っている。
それがなぜ奇妙に聞こえたかというと、人は謝るときにささやくようなしゃべりかたはしないからだ。謝るときはいつもより明瞭に発音し、声に力をいれるのがむしろ普通なのに、このテレビの女性の声はいわゆる猫なで声なのだ。まるでベッドで耳元に甘くささやくようなしゃべり方なのである(そんな風に甘くささやかれた経験はないが…)。それが奇妙に感じた理由だとわかった。

いったんそのことに気がつくと、瞬間湯沸かし器事故のお詫びや、ストーブの欠陥のお詫びや、銀行のATM一時停止のお詫びなども同じようなしゃべり方をしていることがわかった。やがてこの同じお詫びを聞くたびに不愉快に感じるようになった。なぜこんなしゃべり方をするのだろうか。甘くささやくしゃべり方や猫なで声が丁寧で誠意を感じさせると思っているとしたら大間違いである。こんな不自然なしゃべり方に誠意などまったく感じない。気持ちが悪いだけである。
本当に謝るな気があるなら、もっと普通の声で普通に謝ってみたらどうか。

2008.03.30 ヒノキ花粉症
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今日の東京は雨。
気温も低くて、春はまだまだだよ、と言ってるような感じだ。
近所の「ドトール」はがんがんに暖房が効いていて気持ちが悪かった。
体調管理が難しい季節である。

朝目覚めると口の中がカラカラに乾燥していた。どうやら寝てる間に鼻が詰まって口で息をしていたみたいだ。呼吸がしにくくて苦しいし、妙な咳まででる。この症状はスギ花粉症と似ている。そういえば昨日は鼻水が出たし、目が痛痒かった。やっぱりスギ花粉症かもしれない。しかしこれまでなんともなかったし、そもそもスギ・アレルギーはこの7〜8年おさまっていたのだ。ぶりかえしたのだろうか。だとするとイヤだなあ。
そこでネットで調べてみると、
スギ花粉の飛散が収まる4月頃からこんどはヒノキ花粉の飛散が始まるとあった。知らなかったが、ヒノキ花粉症というものがあっのだ。時期的につじつまがあうし、スギ花粉とヒノキ花粉は症状が同じだというからヒノキ花粉症の可能性が高い。スギ・アレルギーが治ったと思ったらこんどはヒノキか、やれやれだなあ。まあ、今のところ症状は軽いからいいけど、スギやヒノキばっかり植えるなよ林野庁!

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午前中のfc2ブログはアクセスが集中しているとかでさっぱり繋がらなかった。このアクセス障害を改善することがブログに限らずウェブの最大の問題だね。アクセスが集中しても余裕をもって対応できるようにしてもらわないと、ウェブ2.0だの3.0だのいっても始まらないと思う。

el camino del rey




うぉおおぉおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっーーーー
高所恐怖症の人、必見です!
1901年に水力発電所とダム間の通路として作られたそうです。

ニコニコ動画でも盛り上がっています。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2798810



フォトショップのウェブ・アプリケーションサービスphotoshop EXPRESS(β版)が開始された。機能が限定されすぎていて、あまり使いやすいとは思えないが、photoshopを起動させるほどのことのない写真や、旅先で撮った写真をノートパソコンを使ってブログにアップする場合などに便利かも。2Gのフォトストレージもついている。今時2G程度ではストレージと呼べないから20Gほど欲しいところだが、無料だからあまり文句もいえない。
しかし、今のところpicnikの方が使いやすく、機能も充実していると思う。

これからウェブアプリサービスはもっと増えてくるだろうし、ブラウザもウェブアプリが使いやすい方向で開発されるだろうけど、本当にそんなサービスを自分が欲しいのかどうかはわからない。
フォトショップやその他のローカルで使うアプリを買えない途上国の人たちには確実に必要だろうけど。


桑田投手が、大リーグへの昇格が無くなったことを機に引退を表明した。
野茂投手は右足を痛めて故障者リストに入りそうだと伝えられている。故障者リストに入ればメジャー昇格の望みは完全に断たれる。
日本にはいさぎよさの美学があるが、二人の投手はそのような道をとらず、自らを信じボロボロになるまで夢を追求した。私は彼らの選んだ道を支持する。
偉大な二人の投手に、夢をありがとう、と言いたい。


2008.03.26 お願い
先月ケータイを解約したのですが、めったに使わないとはいえ、無いとやはり不便なのでもう一度契約することにしました。
しかし、分厚いカタログを見ても必要のない情報ばかりでなにがなにやらわかりません。お勧めのメーカーとサービスを教えてもらえると助かります。
メールとネットさえできれば、あとは何の注文ありません。一番安い契約が希望です。新規契約でメーカーはどこでもいいです。


大阪好きやで!
ホンマに好きやで!
まいど、おおきに!

と叫び、バンザイをするように両手を頭上に突き上げた。
優勝インタビューでの朝青龍のふるまいだ。

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asahi.comより

その後の祝賀会場では女子中学生のように両手でピースサインを出しまくり。横綱にあるまじき所作というより、そもそも関取のとるべきふるまいではない。相撲は昔から変わらぬ様式美の世界を守っており、それこそが大相撲の伝統と呼ばれるものの内実である。関取はその伝統の守護神であるという点で他のスポーツマンとは一線を画す存在である。
「まいど、おおきに!」や"ピースサイン"はその様式美を根底から破壊するおこないである。横綱のこうした言動が看過されるようでは、大相撲の伝統が崩壊の危機にあるといって過言ではない。
(大阪弁のどこが悪いと感じた人は、横綱が、名古屋場所では名古屋弁、九州場所では熊本弁や鹿児島弁でしゃべる場面を想像してもらいたい。)

天敵の内舘牧子さんは何をしているのだ。今こそ朝青龍をこき下ろすチャンスじゃないか? 沈黙している残りの11人の横綱審議委員はどうなんだ。これでいいと思っているのか? 横綱の品位だなんだのと侃々諤々やってきたこれまでの騒動はいったいなんだったんだ。
 
これでいいのならそれでもかまわない。大相撲を興業やスポーツと割り切って、プロレスやK-1路線に切り替えるのもいいだろう。どんどんショーアップすればいい。格闘技としてそのほうがおもしろいし、人気も上がるかもしれない。しかしその場合は、国技だ伝統だ品位だなどと二度と口にしないでもらいたい。むろん、守るべき伝統もなくなるわけだから財団法人格もすみやかに返上すべきなのは言うまでもない。

追記
朝青龍は外国人であり、26歳の若者である。大相撲の伝統の尊守について無自覚な面があっても無理のないところかもしれない。
したがって一番の責任は相撲協会にある。協会が教育・監督すべき義務がある。そのための財団法人日本相撲協会なのである。



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村上春樹とスティーブン・キングが同じことを言ってたように記憶している。それはたしか次のような内容である。

書くという行為を習慣化するために、書くことがあってもなくても、一定時間毎日原稿用紙/タイプライターに向かうこと――


これは作家志望の人に向けられたアドバイスで、書く行為を習慣化することの大切さ、またその難しさを伝えたかったのだと思う。

しかし、今はごく普通の人が書くことをこともなげに習慣化しているように見える。もちろんブロガーの存在を指している。
多くのブロガーが毎日のようにブログを更新している。数年に渡って継続している人も少なくない(私も一応その一人である)。日記は三日坊主の人間でもブログだとなんとなく継続できるのである。
二人の大作家が提示した、作家に必要な要諦をブロガーが身につけられたのは、ブログの存在をぬきにしては考えられない。その意味でブログの登場は前代未聞の画期的な出来事なのかもしれない。

村上とキングのアドバイスはもちろんブログのような短文ついてのものでなく、本格的な小説を想定しているのだが、そうだとしても、ブログのもつ、書くという行為を習慣づける働きは、いまさらながら画期的だと思うのである。


2008.03.24 憂鬱な雨


来月からやっかいな仕事を始めなければならないので、それを考えるといまから気が重い。朝から降っている冷たい雨がいっそう気を滅入らせる。
昨日はあんなに爽快な陽気だったのに、今朝は息が白くなるほど空気が冷たい。本当に油断ならないなあ。




近所の公園をジョギング。
春の陽気に誘われた人たちがどっと繰り出していました。ここは新宿御苑か、と言いたくなるほど大勢の人人人…。

レジャーシートを敷いてランチを食べているファミリーや、見つめ合っているアベック――いやカップル、キャッチボールをしている親子、犬を散歩をさせている人、フリスビーを投げる人、立派な機材を抱えたバードウオッチングのグループ、白い大きなレンズを装着したをカメラを持った人、マウンテンバイクで通り過ぎてゆく人、ベンチに座り静かに海を見つめている人、干潟に入りなにやら掘っている親子…みんな楽しそうで、穏やかな表情をしていて平和な雰囲気でした。少子化ってどこの国の話? と感じるほど小さな子どももたくさんいました。

走るのをやめて、上半身裸になって草の上に寝ころび、今年初めての日光浴へと方針転換。
見上げると青い空、明るい陽光。目を閉じると、春の風がやさしく頬を撫でてゆく。暑すぎず寒すぎずの日差しをチリチリと素肌に感じる。遠くに聞こえる船のエンジン音、ぬくもった草の臭い――子どもの頃の遠い記憶がよみがえってくるような瞬間。
実に気分爽快。これでビールがあると最高だな…と思いながらしばし身体を太陽光線に晒してきました。
で、帰ってきて、シャワーを浴び、ビールを飲みながらこうしてブログを書いているというわけ…。
毎日がこうだといいなあ。


『ノーカントリー』
英題: NO COUNTRY FOR OLD MEN
製作年: 2007年
製作国: アメリカ
日本公開: 2008年3月15日
上映時間: 2時間2分
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『ノーカントリー』未公開スペシャル予告


冷たい雨の中、銀座まで出かけて、「スカラ座」で観てきました。
普段小さなシネコンで観ることが多いので、大きな劇場は久しぶりのことでした。華やかでいいものですね、大きな劇場は。
けっこう混んでいました。隣席に座ったメタボ中年男が、巨大なカップに入ったポップコーンとビールを、一時間以上もかけてちびちびやっていて、彼がポップコーンをつまむたびに腕がかすかに触れるので気が散りました。もし私がシガーだったら彼は確実に死んでるね。



ネタバレ必至!(というより、観てからでないとわからない。)
この映画の結末は、2時間近く映画に付き合ってきた観客への裏切りともとれるほど不親切であっけなく唐突なので最初は戸惑った。結末が破綻しているとさえ思える。「起承転結」や「序破急」「クライマックス」「カタルシス」といったこれまでの劇作法から大きく逸脱しているからである。したがって、結末への不満の声が多いのも理解できる。私もこの結末はまずいのではないかと感じた。映画はあくまで娯楽なので、観客の期待を裏切る結末になってはいけないと思う。
それを認めた上でのことだが、一方で、この結末は映画作法の上で画期的だとも感じている。この映画のテーマをふまえて考えれば実にリアルで必然的な結末と言えるかも知れないのである。

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この映画のテーマは、トミー・リー・ジョーンズ演じる老保安官が、まるで観光ガイドのように饒舌に語ってくれる。それは、新しいタイプの暴力とそれの社会への蔓延である。
風変わりな服装の若者たちが、動機のわからない理由で平気で人を殺す。そうした新しい風潮が社会全体に蔓延しつつあり、古き良き時代はもはや失われた。しかし、老人にはこの得体の知れない暴力が社会を蝕みつつある事態を、理解することも、止めることも避けることもできない――諦念をにじませて老保安官は長々とぼやくのである。
そうした暴力はいつなんどき私たちの頭上に突如として振り下ろされるかわかったものではない。そう考えると、この映画のあっけないほどの結末も理解できる気がする。現代の新種の暴力はそれほど唐突で理不尽な形で降りかかってくるという理解である。

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この映画は1980年代を時代背景にしていて、老保安官の抱く不安と諦念は、実は日本に生きる私たちのそれと重なる。
金属バット殺人事件で日本中が騒然となったのは1980年だった。その後、1988年の宮崎勤による女児連続誘拐殺人、89年の女子高生コンクリート詰め殺人事件と理解に苦しむ恐ろしい事件が続いた。90年代になると、95年のオウムサリン事件、97年の酒鬼薔薇聖斗による連続殺人。2000年の新潟少女監禁事件、21世紀になると、2001年の池田小学校児童8人の殺害事件が起き、2005年には「何となく人を殺してみたかった」という17歳の高校生による殺人事件が発生する。そして「なぜ人を殺してはいけないのですか」と無表情に質問する少年まで現れたのが日本の現在の姿である。

先日の畠山鈴香による2児殺害事件の地裁判決からもわかるように、司法はいまだに動機による量刑を決めているが、現実には動機の輪郭が曖昧な殺人事件が増えている。もはや金や恨みを動機とするわかりやすい殺人ばかりではない。得体のしれない暴力が浸透しているのが、私たちの住む現代社会であり、この映画の中で老保安官が嘆く社会と重なるのである。
追記 3/25
3月23日、金川真大(24)は、茨城県土浦市のJR荒川沖駅で通行人を無差別に襲い8人を殺傷した。人を殺したいと思い、相手は誰でもよかったと金川は供述しているという。

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『ノーカントリー』に出てくる殺人者=シガーは比較的殺人の動機がはっきりしている。彼にとって殺人は、第一に仕事であり、そして主義として彼なりの流儀を貫くことである。シガーは評判通り恐ろしかったが、、生身の人間というより「ターミネーター」ばりに誇張されているため、あまりリアリティのある存在となっていない。シガーは手に負えなくなった暴力の象徴であり、カリカチュアでもある。『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士がそうであったように、人間離れしたモンスターである。しばしば比較される『ファーゴ』の殺人鬼=グリムスラッドの方が、得体の知れない狂気という点では数段リアリティがあり、不気味で怖い人物造形がなされていた。

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大金を持って逃げていたモスは、映画のストーリーとはまったく関係のない暴力であっけなく命を落とす。観客はモスの死の瞬間を目撃することすらできない。追跡者のシガーもまた、ストーリーとは関係のない偶然の交通事故によって重傷を負い、すごすごと舞台から退場してしまうのである。ここに至って、観客は映画の主人公を失い、これまでのストーリーから突然放り出されて途方にくれることになる。観客にとって唖然とするような結末である。しかし、劇作法上からは破綻と考えることができるとしても、実際の現実がそのような不条理なものだと考えれば、また、得体のしれない理不尽な暴力が現代社会に浸透してきていることを思えば、この結末は自然でリアリティを帯びてくるのである。

観客へのサービスが欠如したとしか思えない『ノーカントリー』のあっけない結末も、現代社会を蝕みつつある暴力の不条理を描写したものだと考えれば納得がいくのではないか。この人生、一寸先は闇であり、まったくもって何が起こるかわからないのである。

『ノーカントリー』コーエン兄弟インタビュー


余談
原題は「NO COUNTRY FOR OLD MEN」である。これを「ノーカントリー」とするのはあまりにも安直であり、第一、意味をなしていない。
かって、「ペイ・フォワード」という映画があった。この原題は「PAY IT FORWARD」であり、こちらの邦題も意味をなさない。日本語によるタイトルを工夫しないばかりか、語感だけに頼り、意味のない省略英語を題名にして恥じることのない関係者に猛反を促したい。

2008.03.20 雨の日の閑話


今日も朝から冷たい雨です。
いっきに春に突入と思わせておいて、冬に逆戻りですか。
油断ならないなあ。
寒いし、雨だし、今日はつらつらととりとめのない閑話です。

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vista SP1のダウンロード提供が開始されました。私はvistaをわざわざ外してXPにしましたが、SP1で改良されたのかな。しかし、ダウンロードにどれだけ時間がかかるんだろう?

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リャード・ギア主演の新作映画「ハンティング・パーティ」が、ブログ小説、書籍出版と連動したクロスメディア・コラボレーションを行う。
うーん、どうなのかなあ。映画以外はあまり興味ないけど、新しい試みはいいと思う。このところ売れる書籍はケータイ小説ばかりで、出版社も苦悩が多いようです。

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この二匹の猫は5メートル以内に近づくことが絶対できません。子猫時代にいじめられたせいだと思います。愛情をもって育てている今の飼い主にも身体を決して触らせません。緊張していて悲しい表情のときが多いです。子ども時代の心の傷は大人になってもなかなか消えないということですね。

今日は『ノーカントリー』を観に行きます。いつもは近所のシネコンですが、ノーカントリーは銀座のスカラ座まで行かないとやってません。アカデミー賞をとった話題作だからもっと拡大ロードショーにしろよ、と思いますが、何しろコーエン兄弟の映画はクセが強いし、スターが出ているわけでもなく、明るく元気の出るタイプの映画でもないのでこれでいいのかもしれません。
おっと、そろそろ出かけないと――







先日富岡八幡宮へ行ったときの画像です。
xDピクチャーカードをカードリーダーが読み込まなくなったので、新しいのを買ったのですが、これって表裏が反対だっただけでした。買う必要はなかったみたい。なんだかなあ、xDピクチャーカードよ…。

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この日は初夏のような陽気だったと書きましたが、今日はまた冬に戻ったような冷たい雨が降っています。この時期まだまだ油断ならないなあ。

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コンパクトカメラはたくさん買いましたが、すぐあきるんですよねたいてい。売ったり、友達にあげたり、行方不明になったりで、いつの間にかみんな手元を離れていきました。古いコンパクトで今も残っているのは、このOLYMPUS C-770ぐらいです。
400万画素、液晶モニター1.8型、動作はきわめてスロー、メディアは悪評高いxDピクチャーカード、バッテリーはあっという間に無くなるやっかいなカメラですが、どういうわけか気に入っています。

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コンデジらしくエッジが効いた堅い画質ですが、よく写ります。ボディはコンパクトだし、38mm 〜 380mmの10倍ズームが便利です。レンズがF2.8 〜 F3.7 と明るいのも助かります。手振れ補正がないのに手振れしにくいのは明るいレンズのおかげだと思います。

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C−770のCCDサイズは公表されていませんが、1/2.5型のようです。1000万画素が普通になった今となっては、400万画素の少ない画素がかえって特長かも^^ 

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こちらは深川不動尊です。富岡八幡宮のすぐ隣にあります。
こってりした色合いも好みです。空の青は昔のオリンパスブルーですね。
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畠山鈴香被告に秋田地裁は無期懲役を言い渡した。長女の彩香ちゃん(当時9歳)の死が、殺人か過失致死かが争点になっていたが、これについて地裁は殺人と判断した。その上で死刑の求刑をしりぞけ無期懲役とした。

罪のない小さな子どもを二人も殺した犯罪にたいして、10年が経過すると仮釈放の可能性がある無期懲役は軽すぎる気がする。しかし、昔と違って今は20年ほど服役しないと仮釈放が認められなくなっているようだ。特にこの事件は広く世間に知れ渡ったので、「社会感情が仮出獄を是認する」という仮釈放の条件を満たすのは難しいだろう。畠山鈴香が社会に復帰するとしても20年以上先のことになるはずだ。また、仮出獄しても無期懲役の場合は一生「仮」出獄である。「仮」は死ぬまでとれない。それを考えると、無期懲役が軽いと軽々しく口にするのを躊躇するのも正直なところだ。

刑罰の目的には、犯罪者への報復としての「応報刑」と、犯罪者を教育改善し、社会的脅威を取り除く「目的刑」の二つの考えがあり、日本は後者だ。「目的刑」思想の方が高尚である。しかし、子どもを殺された親に報復を考えるなと言えるほど私たちは賢者だろうか。

仮釈放の条件のひとつに「悔悟の情」がある。要は、服役者が後悔・反省しているかどうかであり、その判断は法務省の機関である地方更正保護委員会が下すことになっている。本当の心の底はその人間以外にはわからないと考える私には、地方更正委員会の委員はとうてい務まりそうにない。
しかし来年には裁判員制度がスタートするから、「務まらない」ではすまなくなるかもしれない。


2008.03.18 春が来ました
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一気に季節が進みましたね。
朝から爽やかな天気なので、事務所の窓を開けて仕事をしています。ちょっと寒いものの、穏やかで気持ちのいい風が通り抜けてゆきます。窓の下の通りを二人の制服の女子高生がおしゃべりをしながら歩いているのが見えます。
しかし、天候は申し分なくても、心は屈託を抱えてうじうじしています。
本当にどうなることやら…。


暫定という言葉を辞書で調べると
「はっきりそうと決めるまでの間、仮に決めておくこと。仮の取り決め。 」(国語大辞典 小学館)とあります。
その仮であるはずのガソリン暫定税率がなんと34年間も続いてきました。仮の取り決めが34年間ろくな論議もされずに事実上自動更新されてきたことの異常さを、わたしたちはもっと自覚すべきだと思います。

ガソリンの暫定税率問題が争点になったのは、民主党が先の参議院選挙で勝ったという単純な理由からです。「日銀総裁の人事」だって同じです。本来広く論議するべき問題が、自民党が好き勝手できなくなったことで初めて私たち国民の眼に触れるようになったのです。
私が政権交代を強く望むのは、自民党より民主党が優れた政党だと考えるからでなく、今回のような現象を期待するからです。政権交代により、それまで裏であたりまえのように行われてきたいいかげんな政治が明るみに出る効果を期待してのことです。

自民党は34年間も更新してきたガソリン暫定税率をさらに10年間延長せよと言ってます。彼らの主張の是非を問う前に、
オマエらいいかげんにせーよ!
と言いたくなります。

レッドソックスの松坂投手の第2子が15日無事生まれた。
これで25日の日本での公式開幕戦に松坂投手が先発することが確実になった。松坂投手はもし子どもの出産と開幕戦が重なった場合は、出産への立ち会いを優先して試合には出ない意向を明らかにしていた。このことをメディアはあっさり伝えているが、これはかなりすごいニュースではないか。

大リーグの開幕戦を日本で開催するのは松坂人気を当てにしてのことである。いわば松坂投手は試合の目玉なのだ。子どもの出産のためその大事な試合を休むかもしれないと公言していたのだ。サラリーマンで言えば、重要な取引先との会議を、自分が責任者でありながら子どもの出産を理由に欠席するようなものだ。日本の企業社会ではたぶん許されない行為だろう。

時代が変わったのか、アメリカの球団だからか、それとも松坂投手というスーパースターにして初めて許される事柄だったのかわからないが、どちらにしてもこれは大きなニュースだと思う。

奥さんは試合を優先するように言っていたが、松坂投手が出産立ち会いを望んだらしい。かっての経済高度成長期のモーレツサラリーマンは、家庭を顧みない企業人間だった。仕事のために家庭を犠牲にすることは当然と見なされていた。抜群の実績を残しながら家庭もおろそかにしない松坂投手の姿勢は新しい時代を感じさせるものがある。
松坂投手の今回の決断は、日本の企業社会に新しい風穴を開ける契機になるかもしれない。仕事よりも家族が優先されるケースもありうる、という認識が一般的になれば日本社会はもっと生きやすくなるにちがいない。


相生橋 GRD
昨日は上着を脱いで出かけましたが、それでも汗ばむほどで、もう夏のようでした。毎月15日は富岡八幡宮の境内でフリーマーケットが開かれるので、掘り出し物を求めて初めて行ってみました。
門前仲町の東京メトロから地上に出ると、永代通り沿いの歩道にもたくさんの屋台が出ていて、ちょっとしたお祭り気分になれました。
しかし期待したフリマはそれほどの規模でなく、大した出物もありませんでした。それでもせっかくなので気に入ったブリキのロボットを買いました。帰ってからでウェブで調べてみると、ウェブ・ショップの方がずっと安かったのでがっかりでした。フリマでは古いフィルムカメラも売っていましたが、それらの価格もヤフオクの相場よりずっと高かったので、どうやらここのフリマで掘り出し物を見つけるのは無理なようです。

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門前仲町 GRD
天気がいいので、このあと清澄通りを月島方面まで歩いて、写真も撮ったのですが、カードリーダーの調子が悪く、xDピクチャーカードを読み取らなくなったのでPCに転送できません。
写真はGRDです。



丸元淑生氏が今月6日に亡くなっていました。74歳でした。
若い頃に「丸元淑生のシステム料理学」をかわきりに、栄養学、男の料理、ダイエット関連の著書でそれぞれの基本を教えられました。無水鍋の存在も、古い油が毒であることを知ったのも丸元氏の著書からでした。
水でといたそば粉をフライパンで焼き、リンゴソースをのせ、その上にメイプルシロップをかけた朝の料理は今もときどき作ります。
丸元さんの著書から、おいしくて栄養に富んだ「正しい料理」を学んだ人は少なくないと思います。
ご冥福をお祈りいたします。


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それでもボクはやってない
男女がグルになった痴漢のでっちあげ事件には驚きました。
女が自首しなければ、これまでの判例からいって間違いなく有罪になっていたに違いない。満員電車に乗るのがありふれた日常行動であることを思えば、我々自身がこうした犯罪の被害者になる可能性は高いし、男女にグルになられたらまず勝ち目はない。その意味できわめて身近で深刻な事件と言える。しかし、我が身に降りかからないがぎり他人事として受け止めてしまうのが現実だ。

映画「それでもボクはやってない」が話題になったり、警察による度重なる冤罪事件が暴露され批判されてきたにもかかわらず、警察の実態は何ら変わっていないことが今回の事件で浮き彫りになった。初めから容疑者を犯人と断定し、事実関係を調べることなく一方的に自白を強要するだけの「自白主義」が今も横行していることがわかった。容疑者は、暴言をはかれ、屈辱的な取り調べををうけ、自宅に電話することすら許されず、寒い留置所で夜を過ごすことになった。帰ってこない夫を心配した妻や娘たちは捜索願いを出している。

警察のこうした強圧的な取り調べや身柄拘束が許されている実態に恐怖を覚える(当番弁護士はなにをしていたのか?)。容疑者は身に覚えのない容疑をかけられただけで、家族崩壊、職場追放の瀬戸際に追い込まれる。痴漢冤罪事件でこれまで何度も繰り返されてきたことだ。一方で実行犯である女は逮捕もされず、名前すら報道されないのは問題だろう。彼女のせいで被害者の人生は台無しになる寸前だったのだ。自首したからといって大目に見られるような軽い犯罪ではない。

日本で痴漢のでっちあげが成功する可能性が高いことが、今回の事件を誘発したのかもしれない。同様の事件の再発を防止し、警察の横暴を制御するには、取調室へのビデオ設置を義務づけるしかもはや手だてがないのではないか。つまり、警察の信用は地に落ちているということである。

                 **********************

もし、身に覚えのない痴漢容疑をかけられたら、とにかく現場から逃げることです。何もしてないから逃げる必要はないとか、警察に話せばわかってもらえるなどという考えが甘いことはこれまでの痴漢冤罪事件から明らかです。警察は話など聞いてくれません。代用監獄である留置所に長期拘留されたあげく、逮捕→立件→有罪となるのが普通です。裁判所もまともに調べたりしません。我々の常識が通用しない世界なのです。なにがなんでも命がけで現場から逃げることが肝腎です。

参考資料として書いておきます。
amazon.co.jpの「ほしい物リスト」に登録したユーザーの個人名やリストが、検索すると他のユーザーから見えてしまうことが問題になっています。中には、特定の病気について書かれた本や、アダルトグッズが並ぶリストもあったようです。登録したユーザーの多くは単なる「お気に入り」と考えていたのに、実際は公開がデフォルトになっていたことが問題の原因のようです。
http://www.asahi.com/national/update/0312/TKY200803120349.html?ref=any

私はたびたびamazonのマーケットプレイスで古本を注文していますが、「書店」に連絡すべきamazonからのメールが注文者の私のところに届いたことが二度ほどありました。「本が売れましたので、すぐ送ってください」といった内容のメールでした。このときは、単純なミスだと受けとめて気楽に削除しましたが、資料として残しておけばよかったと思います。クレジットカードで買えるように登録をしているので、amazonの常識のなさや管理のゆるさはちょっと気がかりです。