大阪好きやで!
ホンマに好きやで!
まいど、おおきに!

と叫び、バンザイをするように両手を頭上に突き上げた。
優勝インタビューでの朝青龍のふるまいだ。

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asahi.comより

その後の祝賀会場では女子中学生のように両手でピースサインを出しまくり。横綱にあるまじき所作というより、そもそも関取のとるべきふるまいではない。相撲は昔から変わらぬ様式美の世界を守っており、それこそが大相撲の伝統と呼ばれるものの内実である。関取はその伝統の守護神であるという点で他のスポーツマンとは一線を画す存在である。
「まいど、おおきに!」や"ピースサイン"はその様式美を根底から破壊するおこないである。横綱のこうした言動が看過されるようでは、大相撲の伝統が崩壊の危機にあるといって過言ではない。
(大阪弁のどこが悪いと感じた人は、横綱が、名古屋場所では名古屋弁、九州場所では熊本弁や鹿児島弁でしゃべる場面を想像してもらいたい。)

天敵の内舘牧子さんは何をしているのだ。今こそ朝青龍をこき下ろすチャンスじゃないか? 沈黙している残りの11人の横綱審議委員はどうなんだ。これでいいと思っているのか? 横綱の品位だなんだのと侃々諤々やってきたこれまでの騒動はいったいなんだったんだ。
 
これでいいのならそれでもかまわない。大相撲を興業やスポーツと割り切って、プロレスやK-1路線に切り替えるのもいいだろう。どんどんショーアップすればいい。格闘技としてそのほうがおもしろいし、人気も上がるかもしれない。しかしその場合は、国技だ伝統だ品位だなどと二度と口にしないでもらいたい。むろん、守るべき伝統もなくなるわけだから財団法人格もすみやかに返上すべきなのは言うまでもない。

追記
朝青龍は外国人であり、26歳の若者である。大相撲の伝統の尊守について無自覚な面があっても無理のないところかもしれない。
したがって一番の責任は相撲協会にある。協会が教育・監督すべき義務がある。そのための財団法人日本相撲協会なのである。



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村上春樹とスティーブン・キングが同じことを言ってたように記憶している。それはたしか次のような内容である。

書くという行為を習慣化するために、書くことがあってもなくても、一定時間毎日原稿用紙/タイプライターに向かうこと――


これは作家志望の人に向けられたアドバイスで、書く行為を習慣化することの大切さ、またその難しさを伝えたかったのだと思う。

しかし、今はごく普通の人が書くことをこともなげに習慣化しているように見える。もちろんブロガーの存在を指している。
多くのブロガーが毎日のようにブログを更新している。数年に渡って継続している人も少なくない(私も一応その一人である)。日記は三日坊主の人間でもブログだとなんとなく継続できるのである。
二人の大作家が提示した、作家に必要な要諦をブロガーが身につけられたのは、ブログの存在をぬきにしては考えられない。その意味でブログの登場は前代未聞の画期的な出来事なのかもしれない。

村上とキングのアドバイスはもちろんブログのような短文ついてのものでなく、本格的な小説を想定しているのだが、そうだとしても、ブログのもつ、書くという行為を習慣づける働きは、いまさらながら画期的だと思うのである。


2008.03.24 憂鬱な雨


来月からやっかいな仕事を始めなければならないので、それを考えるといまから気が重い。朝から降っている冷たい雨がいっそう気を滅入らせる。
昨日はあんなに爽快な陽気だったのに、今朝は息が白くなるほど空気が冷たい。本当に油断ならないなあ。